「郷土の鎮守様・墨田編」
<平成16年6月>
「三圍神社」/「牛島神社」
なんとなくの参拝。唐突に「三柱鳥居」がみたくなったゆえの参拝なのだ。
「三囲神社」
(三圍神社・村社・東京都墨田区向島鎮座)
祭神:宇迦能魂命
由来:
創建年代は不詳。1000余年前の創建という。
元亀元年(1570)に大火により焼失し、社殿を再建している。慶長年間(1596−1615)に隅田川築堤に際し、旧社地より現在地に遷座される。
京都の豪商、三井家(現在の三井・三越の祖。三井家屋号が越後屋)が江戸に進出すると三囲大神の信仰篤く、三井家の守護神として崇敬された。
三囲神社・正面 |
拝殿 |
本殿 |
境内風景 |
三柱鳥居 |
三柱鳥居 |
東武線「業平橋」駅で下車。隅田川に向けて北西に500メートルほど歩んだところに鎮座。当社は「三柱鳥居」という全国的にも珍しい鳥居がある神社として名高い。その鳥居をみたいがために、私は足をのばしたともいう。境内入口からの印象よりも、ひろめの社地。社殿脇後方に摂末社が多く鎮座しており、都内住宅地でありながらに緑豊富で木漏れ日にさわやかさを感じる。
「三柱鳥居」は社地後方の井戸に鎮座していた。写真ではなんども拝見していたが、実際に自らの眼で見てみると、やはり興味深い。バランス良く組まれた石鳥居は、まさしく神域を産みだしていた。
「牛島神社」
(東京都墨田区向島鎮座・郷社・牛嶋神社)
祭神:
須佐之男神・天之穂日命・貞辰親王(さだときしんのう)
由来
当地は古代から牛と関わりが深く文武天皇(701−704)のころに向島両国の本所一帯にかけて大宝律令による官牧(国営牧場)の「浮嶋牛牧」が設置されたとされている。
貞観二年(860)に、慈覚大師が神託により須佐之男神を郷土守護として勧進。後に天之穂日命を合祀し、さらに清和天皇第七皇子の貞辰親王が当地で没したのを、大師の弟子である良本阿闍が神霊をまつり「王子権現」と称したという。
天文七年(1538)に後奈良院より「牛御前社」との勅号を賜ったとされる。隅田川沿岸本所地域を「牛島」と呼称していたことから鎮守として明治期に「牛島神社」と呼称。
もともとの鎮座地は向島須崎町。関東大震災後の昭和初年に水戸徳川邸跡の現在地に遷座された。
正面 |
境内 |
拝殿正面 |
拝殿 |
狛犬ならぬ牛 |
文政八年頃(1825)奉納の「撫牛(なでうし)」 |
区立隅田公園に隣接して鎮座。三囲神社からは川沿いに南100メートルほど。
由緒を知らずに訪れた私は、牛=天神という安易な発想を抱いていた。由緒を確認してみると、「牛牧」ゆえの「牛島」としり、正直に驚きを感じる。それにしても平安期に、この武蔵南東部に牛を育む環境があったとこに、歴史の深さを感じざるをえない。
社殿は規模大きく、威風をはなつ。牛の石像をながめつつに参拝。開放的な社地は日差しが強かったが、それほどに暑さを感じないのは、隅田川沿岸ゆえだろうか。
二社を参拝して、私は本日の神社探訪を終了。今日は、いかねばならないところがあるのであまり無理はしたくないのだ。